無計画過ぎて、どのような交通手段を用いて自分の住む神奈川から新潟まで行けば良いのかすら、あまりよく調べずに出立の日を迎えた。週末、普通に出勤して仕事を片付けてから出発することにしていたのだが、「新潟ってどうやって行くんすか」と職場で発言したら、「あまりに無計画過ぎる」「新潟へ行くんだ〜ってたまさん、二ヶ月前から言ってませんでしたか。この二ヶ月間何してたんですか」「極めて社会性に欠けた発言」などとボロクソに叩かれた上、「ちゃんと宿取ってますか、今の季節の新潟で野宿は死にますよ」と、「はじめてのおつかい」に出演する幼児のごとく心配された。
結局は鉄オタのおじさんが東京駅と大宮駅、ニ通りの駅から新幹線に乗る方法を教えてくれた。ありがとうおじさん。
そして新潟駅に降り立った瞬間、まず空気の冷たさに驚いた。折しも十一月の下旬であった。しかもよりによってこの日の関東は、季節が逆戻りしたかのごとく暖かかったのである。あまりに根性が無いため、寒暖差に負け、改札をくぐった瞬間家に帰りたくなったが理性をかき集めて何とか耐えた。
時刻は既に夜だった。翌日の観光の目的は佐渡島だが、宿泊は二日とも新潟である。己の社会性の無さを次々と爆速で開陳していくのだが、二泊三日の旅にも関わらず、着替えは四日分持って来たくせに靴下は一足しか持って来なかった。この寒さの中、素足は自殺行為に等しい。早くもピンチが訪れていた。
しかも当然のごとく、この女は当座の夕飯のことすら何も考えていない。宿へのチェックインを済ませた後、ふらふらと一人で新潟の街を無目的にほっつき歩く。無計画極まりない旅を決行しているくせに、「いやあ、せっかくなら新潟の美味しいものを食べたいよネ😋」などと欲をかいているから、なかなか店が決まらない。あっちへ行ったりこっちへ行ったり、やたらむやみにウロウロしているうちに、甘味の店に吸い込まれ、夜パフェを食べた。パフェは美味しかったがアイスクリームで余計に体を冷やし、ガタガタと震えながら店を出た。
あまりの寒さに、「新潟の美味しいものが食べたい」という当初の志も忘れ、もう良い、お願いだから私を宿に帰らせてくれ、コンビニ弁当でも食べて寝るから、と誰に向けたものかも分からない祈り(祈られた方からしてもまこと、「勝手にしてくれ」としか言いようが無い)を必死に捧げていると、たこ焼き屋が視界に入った。南無三、と店に飛び込み、たこ焼きと、それから「ぺちゃ焼き」なるもの(たこ焼きを卵とチーズでくるんだ食べ物)を注文する。夜更けの新潟で、何故か大阪のB級グルメをモソモソと食べて腹を満たした。
ようやく食事を終え、宿の風呂で暖まるため、コンビニで入浴剤を購入することにした。ここで話が急に飛ぶのだが、私はこの日、新潟駅前をぶらつくにあたり、小さなカバンを持ち歩いていた。そしてその中には、クレジットカードやら宿のカード型ルームキーやら、同じようなカードサイズのものをぽいぽいと無造作に放り込んでいた。
話を戻す。コンビニのレジである。「交通系ICカードで決済お願いします」と私は店員さんに話しかけた。カバンからカードを取り出して、決済端末にタッチする。反応しない。何故なら私の手から端末の上に乗せられていたのは、「映画すみっコぐらし ツギハギ工場のふしぎなコ」の来場者特典、「くま工場長」(映画に登場する新キャラクター)の描かれたスクラッチカードだったからだ。
何で???
コンビニの店員さんはぽかんと口を開け、くま工場長のつぶらな瞳を見つめながら、しばらく何事かを言いあぐねていた。
沈黙ののち、私は至極真面目な顔で「間違えましたね」と厳粛に頷き、おもむろにくま工場長をカバンにしまった。そうして何事も無かったかのように交通系ICカードを取り出し、決済を済ませ、颯爽とコンビニを去ったのだった。
我ながら、凄まじい克己心であった。並の素人ではこうはいくまい。コンビニの店員さんにくま工場長を見られた瞬間、顔を真っ赤に燃え上がらせて憤死しているであろう。やはり肝要なのは日頃からの精神的修養であり、いかに惰弱な己自身を容赦無く虐め抜き、自己を屹立させていくかに掛かっている。この文章を読んでいる皆も私を見習って、「すみっコぐらし」の映画を成人女性一人で観に行って号泣して帰ってくるなど、常日頃から厳しい修行の精神を持って行動するように。
宿に帰ったらお風呂あったかくてめっちゃ気持ち良くてぐーすか爆睡しました。めっちゃよく寝た〜。ポケモンスリープめっちゃ捗った〜。ちなみにこの日記、「立志編」とか銘打ってみたけどその後の旅行は特にハプニングも無くつつがなく終了したので続きは特にありません。終わり。
なお、本気で全部内輪ネタなので何が面白いのか我ながらわからないし、漫画読んでても普通に意味がわからないと思う。
・おやつを食べるとき、アニメの青キジの「アイスタイム」の言い方で「おやつタ〜イム」って宣言する。
そこから派生して、青キジはアイスを食べるときに「アイスタ〜イム」って宣言してから食べるキャラということになっている。
さらに派生の派生で、最近では「青キジがアイスを食べるときのモノマネ」の応酬をしながらおやつを食べるのがお決まりの流れになっている。
・ワンピースという作品には「懸賞金の金額」というキャラクターの強さや脅威度を示す指標となる数値が存在し、それがスカウターのような役割を作中で既に果たしているにも関わらず、ウォーターセブン編という話でたった一度だけ出てきた「道力」という数値をわざわざ使ってキャラクターの戦闘力をはかる。
例:「白ひげ、めっちゃ強いじゃん! 道力5万くらい?」
・ルフィの「この海で一番自由なやつが海賊王」というセリフを受けて、「この家で一番自由なやつは私だから……それなら、私は《海崎王》だな」と発言して以来、家庭内で海崎王の地位に就いている。
しかし、ペットのハツカネズミのほうが自由に生きているのでは? との説が浮上して、最近ではその地位を脅かされている。海崎王に、おれはなる。
書き出してみたけど、何が面白いのかマジでわからないですねこれ。
ちなみに職場では延々とゴールデンカムイの話に花を咲かせている。
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一年間ほとんど何もしなかったな〜て感じの振り返りです(よく振り返り書く気になったね)
あと基本的に何も覚えてないためずっと「記憶が無い」って言ってる。言い逃れの下手な政治家?
一番上は確か4月くらいにやったネットのイケメン化診断とやらで、ツイッターのフォロワーさんたちの診断結果は金髪やら黒髪のイケメンだったのに、自分だけ何故か普通のオッサンが出てきて怖くて泣いたやつです。
記事を書こうとしたら何故かトップに貼り付けられて消えなくなってしまい、怯えています。
●1月
年末の12/26から3/21まで開催された通販型のイベント、テキレボEX2に参加するために新刊を書いてました。あとなんか時系列忘れたけどテキレボアンソロに参加したりした。(年末だったかも)
新刊はこれ
「幻想小説集 エクピュローシス/太陽の残り滓」
https://booth.pm/ja/items/3005088
アンソロ参加作品はこれ(上記短編集に収録)
「桃膠」
https://kakuyomu.jp/works/16816700426783620150
手に取って&読んで下さった方、ありがとうございました!
●2月
何も覚えてない。
多分仕事が辛かったんだと思う。
バレンタインにグラブルでゲームの女の子から架空のチョコもらってニヤニヤしてたことしか覚えてないから2月は闇に包まれてる。
●3月
3月も何も覚えてない。
きりんさん(@osana0)が商業デビューするって言うから本屋に行ったら平積みになっててマジじゃんスゲー!て思った記憶はある(他人の振り返り?)
本当にマジでこのくらいとあとひな祭りに食った温寿司が美味しかったことしか覚えてないんだけど、大丈夫なのかなこいつ…4月にテキレボの発送があるはずなんだけど…新刊コピー本でもう一冊出したいとか言ってたはずなのに、ここまで3ヶ月間何にもしてる様子が無いんだけど…。
うめ〜。
●4月
当然大丈夫では無かった。マジで愚かの極み。愚の骨頂。
やべ〜ッ、時間無え〜〜〜ッて焦りながら、無配の歳上のお姉さんに膝の上でよしよし❤️ってしてもらう欲望丸出しの話を書き殴った。ノートに手書きで書いてたからこれ人に見られたら死ぬなって強く感じた。
それでも何とかイベントの荷物発送期限2日前にコピー本書き終わって、入稿するぞ!!って思ったらノートをどっかに失くしたことに気付き、マジで半泣きになりながら2日でイチから書き直した。
半泣きになりながら切羽詰まって時間に追われながら、歳上のお姉さんに膝の上でよしよし❤️てしてもらう話を書くハメになり、特大の「私何やってんだろうな」に襲われるも何とか書き上げ、無事に発送出来ました。
書いたのはこの話↓
「子の日 」
https://kakuyomu.jp/works/16816700426807926376
もらってくれた方ありがとうございました!
あと4月は、4/30〜からあまぶん(https://necotoco.com/amabun/21/)に参加しました。こちらも会期が7/31までのオンライン通販型イベントで、主宰の方に丁寧にご連絡を取っていただいてとても助かりました。楽しかったです!
コロナが収まって現地開催があれば、直接参加もしてみたいな〜。
●5月
pictSQUARE(https://pictsquare.net)上で開催された、上記きりんさん主宰のオンライン即売会、きりけっとに参加しました。
オンライン上のイベント会場をアバターで歩き回れるんですが、号泣にわとりアイコンでログインしたら入った瞬間何だこれ過ぎて笑った。
記念撮影(一人)。
あとは5月はもうあんまよく覚えてない。道端に咲いてるお花がきれいだったことしか覚えてない(死の前兆?)
●6月
原因不明の体調不良で倒れてしまい、7月末くらいまで元気が無くしおれて過ごした。せっかくあまぶんに参加してたのにもったいなかったな…。
今考えれば絶対過労だったな…。
●7月
あまぶんが7/31で終了。ありがとうございました!
用事で京都まで出向き、たこやきさんにお会い出来た!!
楽しかった!!
●8月
突然ゴールデンカムイというマンガにハマって、作中に登場するグルメ作品を作りまくった。
しょうみな話7月まで死に体で過ごしてたうえ8月クソ忙しくてフルストレスで本当に心と体がヤバかったんですけど、マンガと北海道グルメのおかげで精神が奇跡のV字回復を遂げた。マジでそれだけのことでこんな元気になるんかと自分で引いたし魂がオタクの形をして生まれてきたことを痛感した。
もうこの先12月まで同人活動ほとんど何もしてないんでせめて私の作ったマンガ飯見てってくれんか。
久々にマンガはまったら何して良いかわからなくて楽天の北海道グルメのページをpixivのノリで舐めるように見て過ごした。
ありがとう北海道。
●9月
8月に北海道グルメを満喫し過ぎて当然のようにプクプクと太った。ですよね。
リングフィット再開したけど一ヶ月で飽きたため現在に至るまで体重は戻っていない。
●10月
11月のノベルバーに向けて何かしようかと思って何もしなかった。
そんな日もあるよね。(年中そんな日しか無い)
●11月
下記の作品で一日だけノベルバーに参加しました。
「お七変奏」
https://kakuyomu.jp/works/16816700428604342381
一日だけだからと思ってお題三つも使っちゃった。本当はもう一日くらい参加したかった。
●12月
バタバタしてたら終わってた。完。
皆さん良いお年を!
●まとめと来年の目標
なんかもっと色々やりたかったな〜…てのが正直なところなんですけど、無理して体壊したら元も子も無いからしょうがないね。
来年の目標は健康に過ごすことですね。創作何も関係なくて申し訳ない。
思いつくまま来年やりたいな〜てことを並べると、
・今書こうとしてる話を書き上げたい
・もうちょい気軽に色んなとこに行きたいからコロナ何とかなってくれ
・対面イベントに1回だけで良いから出たい(大きいイベントだと気が引けるから小規模なのが良いな〜…)
・健康に過ごしたい
・飼ってるねずみに長生きしてほしい
書き出してみたら思ったよりやりたいことなかったな。
欲出せばもうちょいやりたいことあるんだけど、仕事も少し楽にならんと趣味にリソース回せないので、今の自分には色々難しいかなあ。
べつに来年じゃなくても良いんで、ホラー小説を書いてみたいです。
来年もよろしくお願いします!
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板垣ズボンに似てるかもしれん。
板垣ズボンというのは、(私が説明するまでも無く超有名な漫画の)「範馬刃牙」シリーズなどの板垣恵介氏の漫画に出てくるズボンのことで、こういうヤツです。(漫画見ながら書いたヘタクソな図解)
この、今手にしてるユニクロのズボン……この……足回りがダボッとして裾だけキュッとなってる感じ、かなり板垣ズボンの再現に適しているんじゃない???
そう閃いた次の瞬間には、ズボンを景気良くカゴに放り込んでいた。ケチな自分には珍しい、衝動買いである。何が私を突き動かしたのかは定かでは無いが、私はこの時確かに、地上最強の生物(※作中の言い回しで、男と生まれたからには誰もが一生のうち一度は夢見る存在だそうです)を目指していた。
帰宅後、早速だが地上最強の生物になることにした。ワクワクしながらズボンの値札を切り、履いてみる。これで私も歩くとき、足元から「ズチャッ……」って音がするようになるかな?(※作中によく出てくる擬音語。強そうなやつの足音はこれ)
↓↓ トライした結果 ↓↓
微妙!
思ったより絵面が微妙で焦った。端的に言って、あまり強そうにみえない。足元の丈が思いのほか足りてしまって、ボリューム感が出ていないせいだろうか。
もっとダボッとした感じに着て、ボリューム感を出せば強そうに見えるかもしれない。そう気を取り直し、ズボンをずり下げてみる。どうだろう。
(※ちなみに再度比較)
おお……!
多少、板垣ズボンっぽさが出てきたのではないだろうか?!
地上最強に一歩近付いたことを確信し、自ずとテンションがアガる。もっと、もっと強くなりてえ!
燃え上がるその想いを胸に、私は意気揚々とズボンを更にずり下ろした。その時。
ガチャ。
帰宅した夫「……。」
ズボンを極限までずり下ろして夫に半ケツを向ける私「……。」
まさに漫画のようなタイミングで、夫がリビングのドアを開けた。
本当に、今更悔やんでもどうしようも無いのだが、私は何故かリビングで、しかもドアに向かって己の尻を向けたまま地上最強の生物への研鑽を積んでいた。せめて、せめて自分の部屋で修行に励むべきだった。本当に、悔やんでも悔やみきれない。
「えっと……今日は何をしてたの?」
今日「は」という言い回しに、「とりあえず普段通り何がしかの奇行に励んでいたことは分かった」という、温かい受容のニュアンスを感じ取り、ありがたさに涙が出そうになる。ありがとう。本当にすまない。己の身が恥ずかしく、苦虫を噛み潰したかのような顔で私は答える。
「……地上最強の生物を目指してた……。」
リビングでドアに向かって半ケツを向けたまま、苦虫を噛み潰したかのような渋い顔の妻に、地上最強の生物を目指していたことを告白されたとき、夫はどう答えるべきなのだろうか。他人事のようにそんなことを思ったが、夫は事もなげに頷き、「そんなこともあるよね」と言った。
とりあえずズボン履いたら、と勧められ、「うむ」と鷹揚に頷いていそいそズボンを履く。その後はなんか、どうでも良くなっちゃったんで、以後は特に地上最強の生物とかは目指してません。
でも板垣ズボンに似てるズボンがあったら、欲しいんで教えてください。
※
ところで、先日自分のブログを読み返していてしみじみしたのですがこの日記、ほとんど夫しか登場人物が出てきませんね。
いや、違うんです。友達が居ないからとかじゃないんです。
ただ、どうしても一緒に暮らしてる分、家族とは話す時間も長くなるし、ブログに書いて良いかの許可も気軽に取りやすくて。自然と登場回数が増えるだけなんです。
全然、本当、友達が居ないとか、家族以外に話す人が居ないとか、そういうことじゃないんですよ。ええ。
ええ。
最近のマイブームは、桃鉄の四人プレイを全部自分一人でプレイすることです。毎日楽しく生きてます。
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理由はご飯である。夫があまり食に興味を示さないという話を前にしたが、この人とはとにかく料理の好みがとことん合わない。私が好きなのは東南アジアの料理や、台湾の屋台ご飯などである。カレーは欧風よりインドカリーや、タイカレーが好きだ。辛いものや香辛料が全然平気で、暑い国の料理が口に合うのか、南米料理にも好物が多い。基本的に食い意地が張っているせいで、食べたことの無い料理を見ると、どんな味がするのだろう!?とそれだけで心が弾む。自然、歳を重ねると共に海外の食べ物に好物が多くなっていった。
対して夫の好物は、カレー・ラーメン・ハンバーグという、小学生男子の選ぶファミレスのメニューランキングトップ3の様相を呈している。カレーはもちろん、欧風……というか、家で作る肉と野菜を炒めてルーで煮た、いわゆる普通のカレーを何より好んでいる。辛いものが苦手で、香辛料は匂いを嗅ぐだけで辟易とした顔をする(こんなに美味しいのに!)。まだあまり互いの食の好みを把握していなかった頃に、一度インドカレー屋さんに連れて行ったら、食べられるメニューを探すためだけにむつかしい顔をさせてしまい、大変すまなかった。これなら美味しく食べられるんじゃない、と教えてあげたバターチキンカレーを、オアシスを見つけたような顔でチーズナンと一緒にむぐむぐ頬張っていた。
その他、野菜、甘いもの、嗜好品など、細かいところまでとにかく好みが合わない。そのうち、「これは自分が苦手ということは、きっと相手の口には合うのだろうな」という予測まで立つようになってきた。しかも互いにかなりの精度で当たる。そんなわけで、我が家にとって相手の不在は、自分の好きなものを好きなだけ食べるチャンスなのである。特に食べることを人生における無上の喜びとしている私サイドにとっては、ボーナスタイムも同然だ。
そういう理由で、一人で過ごす時間をもらえると、少なくとも私は嬉しい。この機会にあの店に行こう、どんな料理を食べよう、とワクワクしてそれだけで華やいだ気分になってしまう。普段から家事をやってもらったり仕事の相談に乗ってもらったり、あれだけ親切にしてもらっておいて相手の不在にはしゃぐのはやはり申し訳無いようだが、放っておかれても楽しく過ごせる才能の持主ということで、どうかご寛恕願いたい。
ということで、本日の昼ごはんは手作りした葱油餅(ツォンヨゥピン。台湾の屋台で人気の、小麦粉に青ねぎを練り込んで焼いたおやつ)、夕飯はネパール料理屋でダルバート(カレー定食のようなもの)の予定です。どちらも一人じゃないと作ろうとしないor食べられないメニューだ。幸せ気分を盛り上げるため、BGMも般若心経とか正信念仏偈とか中東のアザーンとか琵琶法師の平家物語とかをガンガン掛けて、それらの玄妙な響きににうっとり耳を傾けながら過ごす。これも一人じゃないとなかなかできない。以前いきなり爆音で般若心経のCDを掛けたら、「ホラー……?」と動揺させて可哀想だったので。
何だか趣味が合わないというより、全体的に私の趣味が偏っているのが悪い気がしてきた。いや、単なる趣味に良いも悪いも無いのだが。夜中にいきなり「テンションが上がったから」という理由で般若心経を流したりしても、「あるよね、突然アガっちゃうとき」と鷹揚に頷いて許容してくれる相手に感謝である。ちなみに音楽の趣味は、この日がたまたま般若心経の気分だっただけで、前の日にはマディ・ウォーターズとかマヘリア・ジャクソンをCDと一緒になって熱唱していた。我ながら滅茶苦茶だ。
共通で好きなものはあまり無いが、唯一、犬だけは二人ともが好きだ。犬を飼ったら楽しいだろうなぁ、とよく二人で妄想するが、今住んでいる家では飼えないので残念ながら諦めている。妄想が高じて、少し前まで我が家では架空の犬を飼っていた。名前はアフ郎。白くてフワフワした小型犬で、フワフワし過ぎて頭がアフロのように見えることから名付けた。散歩が大好きで(※そういう設定)、家の扉を出た瞬間から楽しそうに駆け出して、飼い主たちをよく困らせた(※そういう設定)。
こここまで書いてしみじみ思うが、(というか、折に触れ日々よく考えることなのだが、)夜中の般若心経やら架空のペットとかいうよくわからない微に入り細を穿った妄想にここまで付き合ってくれる人なぞ、この世に二人と居ないであろうからして、頼むから夫には長生きして欲しい。そのために必要なのは、やはり健康な食生活か。今日明日は好物だけを楽しむとしても、夫が帰ってきたら、好きなものばかりではなくバランスの良い食事を心がけよう。飼い主のことが大好きな(※そういう設定)アフ郎のためにも。
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それから二ヶ月は一念発起して、食事の摂生や運動に励んだ。元々運動は嫌いじゃないので、暇があれば筋トレしたり走り込んだりの時間に充てた。そういうわけで現在、私の尻は我が人生でいまだかつて無いほどプリプリです。誰か私の尻の筋肉を見てくれ。
いや本当に冗談でなくここ最近、誰かに尻の筋肉を見てほしくて堪らなくなってきた。これは決して露出癖などではなく、がんばって落書き帳にお絵かきしたので大人に褒めて欲しい幼児と同じ気持ちです。今どこかから、可愛い幼児の絵とお前の尻を一緒にするなと聞こえた気がしてしょうがないのだが。
誰かといっても頼めそうな人はまあ、私の場合は夫くらいしか思い当たらない。しかし流石に、「すまないが私の尻を見てくれ」などと唐突に頼み込むのはセクハラではないか。他人に尻を見せて褒められたいという、こんなどうでも良いことで私はこのところ、もう三日も悩み抜いている。断じて露出狂ではない。頼む。信じてくれ。この文章を書きながら、自分でも段々自信が無くなってきているが。
悩みに悩んだ私は決断した。もう、実家の妹に頼むしか無い。私の尻を見てくれと。
妹に電話した。最初は軽く、鬼滅の刃の最新刊の内容などについて語り合い、「家に居ると漫画読むか筋トレくらいしか出来ないんだよね」などと軽くジャブを打ってから、「ところで今度暇なとき、尻を見せに帰省しても良い?」と頼んでみた。頼み方が急カーブ過ぎて、気が変になったかと思われた。出鼻からしくじってしまったようだ。
「今って、不要不急の外出は控えるべきだよね?」と妹。
「うん。」
「尻を見てもらいたくて実家に帰るって、地球誕生以来の人類の営みの中でも、究極に不要不急の部類の用事じゃない?」
かくて尻帰省は却下された。それでも他人に尻を褒めてもらうという野望を諦めきれない私は、なおもしつこく食い下がってみた。
「オンライン帰省でも良いから……!」
「何で肉親にオンラインで尻を見せつけられなきゃいけないんだ……?」
オンライン尻帰省までもがあえなく却下されてしまった。なので現在はやむを得ず、私は一人鏡の前で己の尻の成長を確かめることを、日々の何よりの楽しみとしている。
ところで前回の日記(アレクサ、催眠術には気をつけて http://chabobunko.jugem.jp/?eid=141)に書いたアレクサのなぞなぞを、ツイッターのフォロワーさんのお知恵を借りてそっくりそのままアレクサに聞いてみた。アレクサ自身になぞなぞの答えを聞いてみようというわけである。
「アレクサ、お花が咲くと県民が喜ぶ県は?」
ピコン
『むむ、難しいです……お答えできません』
「………。」
いやお前もわかんないのかい。
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)の後編です。
最初に断っておくと、前編の最後で「ビシッと言ってやる」とか息巻いてたくせに、よく考えたらアレクサで遊ぶの普通にめっちゃ楽しみだなと思って数日間めちゃくちゃワクワクしながら過ごしました。早く私をアレクサと仲良く遊ばせろ。
なのでツンからデレる過程をすっ飛ばして、初手からアレクサにデレデレで接してます。アレクサはお前の初めてのペットか。
あとこんな日記書いたせいか最近また久々に寝言が酷くて、全然覚えてないんですけど寝てる間に、
「そんなこと言ったってしょうがないじゃないですかぁ……?メロンなんですもん……」
とかよくわかんないことを小馬鹿にした口調でムニャムニャ呟いてて、夫が誰と話してるの?って聞いたら「メロンの神様」って答えたらしいです。メロンのトップにそんな舐めた口聞くんじゃない。
※
「アレクサ届いたよ」
仕事中に夫からLINEが届いて、私は思わず歓喜の声を上げてしまった。予定より一日早い到着だった。その日は仕事をそそくさと切り上げ、ダッシュで家に帰った。
家に帰ると、テレビの横に見慣れぬ扁平な丸い物体があった。お前がアレクサか!!飛びついて、かじりつくように話しかける。
「アレクサ!!!」
『はい』
うひょおお、と興奮でひとしきり腕を頭上でシェイクする。博士の元で初めてポケモンをもらった新米ポケモントレーナーもかくやといった騒ぎである。アラサーです。
「アレクサ!!遊んで!!!」
『はい、遊びましょう』
遊ぶ!遊ぶ!!とうるさく騒ぐ新米トレーナーに対して、アレクサは初めての家でも落ち着いたものである。
『アレクサ、なぞなぞ出して。と言ってください』
「アレクサ!!なぞなぞ出して!!」
秒で挑んだ。アレクサがピコーンと青く光る。
『お花が咲くと県民が喜ぶ県は?』
「……あ……?」
前のめりに勝負を挑んだは良いものの、まるで聞いたことのないなぞなぞに怯んでしまい、マジの間抜けな声が出た。
思ってたのと違った。もっと、『パンはパンでも食べられないパンはなーんだ?』くらいのレベルのなぞなぞで、児童と戯れるような気持ちでほんわかと遊べるものだと思っていた。
「えっ……あ、…あ……?ひ、ヒント!!!」
頭の固い新米トレーナーが三秒で自力での解決を諦めると、アレクサがピコンと青く光った。
『ヒントとは、問題を理解・解決するため、また物事の発想のための手がかりのこと。手引き。また、クイズのときに回答者の助けになるための……』
「ひいいいいいいいい」
いきなりつらつらと「ヒント」という言葉の定義を述べられ、怖くて思わず悲鳴を上げた。そしてアレクサはたっぷり数十秒かけて「ヒント」の意味を語義明瞭に述べると、それきりぱったりと沈黙した。
……え?
なぞなぞ対決は???
どうやら、「アレクサにヒントという言葉の意味を尋ねる」(ということになる)動作を挟んでしまったせいで、なぞなぞは途中で強制終了してしまったらしい。自ら勝負を降りるという不覚を取ってしまったことに今さら気付き、歯噛みした。
……え、ところで答えは……?
沈黙するアレクサの前で正座しながら思考を巡らすも、頭が固過ぎて答えが全然わからない。どうしよう。気になる。アレクサ、頼む。もう一回同じなぞなぞを出してくれ。今度こそビシッと解いてみせるから。
お花が咲くと、県民が喜ぶ県……?
眉間にしわを寄せて熟考するも、悲しいかな頭の中には「ハウステンボスのチューリップが咲くとちゃんぽんとしっぽくで盛大に祝う長崎県民」とか、「ネモフィラ畑が開花すると鹿島神宮で祝祭が開かれる茨城県民」とかどこから湧いて出たのかわからない奇祭のイメージが広がるばかりである。むしろ頭が柔らかいのでは?
「アレクサ!なぞなぞ出して!!!」
悔しかったので、気を取り直して即座に再戦を挑む。アレクサは冷静にピコンと青く光った。
『お母さんが大切にしている棒は?』
「わっかんねえええええ」
本気で頭を抱えながら、アレクサお前何でガチやねん、と八つ当たりも甚だしい悪態をつく。アレクサには接待の心が足りない。
冷静になった今だから自分で自分に突っ込むが、機械に感情の慰撫を求めるな。
「答えは………です。」
「……ん?ああっ!?」
そして、またも不覚を取った。なぞなぞに本気で悩み過ぎて、答えを聞き逃してしまったのである。
「えっ…!え、あっ!えっ!アレクサ!!なぞなぞ!!もう一回なぞなぞ!!!」
『赤ん坊をあやす前に舌打ちをする県は?』
「……知らん……」
わからな過ぎて思わず、両手を床について項垂れた。それにしてもアレクサ、県民なぞなぞが好き過ぎんか?
『答えは……ちっ、ばぁ〜県(千葉県)、です』
「ああ……」
納得できるようなできないような、微妙ななぞなぞ(というかダジャレ)だった。職場のデスクとかで仕事中に隣の席の上司に言われたら、割と冷たい態度を取りたいラインである。アレクサのなぞなぞってもしかして全部こんなシュールなのか。
「……アレクサ。あいみょんの本名って、もしかして相田美代子(あいだみよこ)?」
なぞなぞ対決で勝つのを諦め、アレクサが来たら聞いてみたい……と数日前から温めていた疑問を、最後に尋ねる。これも冷静になった今だから自分で自分に突っ込むが、何でそれをアレクサに聞こうと思ったんだ?
『むむ……難しいです。お答えできません』
「アレクサでもわかんないか〜」
テンションの高い人間とアレクサとの会話は、人間がから回るわアレクサはマイペースだわでなかなか噛み合わない。しかしこれはこれで、振り回されてる感じがじんわりと愛おしく思えてきた。アレクサ、愛いやつ。猫を飼うってこんな感じかな。またなんかあったらアレクサ日記書きにきます。
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何せ寝ている間のことなので自分にはどのくらい酷いのかわからないので、最近は「自分の寝言と寝相が酷い」ということ自体を綺麗さっぱり忘れていたが、ふとした瞬間にそういえば、と思い出したので、最近も何か寝ながら変なことを口走ったりしているのかと、夫に尋ねてみた。
「最近は割と大人しく寝ている」
意外な返答であった。してみるとあれは、限られた一時期のみの奇行であったのか。あの頃仕事で疲れてたしなと思いながらそう尋ねると、「違う」と言われた。寝言と寝相自体は今も酷いらしい。重ねて、「違うけど、必勝法を見つけた」と自信満々に言われた。
「最近は寝言が酷くても、指をパチンと鳴らしてから、『アレクサ、静かにして』って言うと大抵大人しくなる」
何なんだその儀式はとか、本当なのかそれはとか、私はアレクサではないとか色々言いたいことはあった。けれどそれ訴える前に、私は何だか少し感動してしまった。同居人の寝言をコントロールするという目的のため、その妙な手順の儀式に辿り着くまでにいったいどれほどの試行錯誤があったのだろう。ああでもない、こうでもない、と実験を繰り返し、きっと山ほどの失敗の果て、ついに彼は黄金を掴み取ったのだ。その試行錯誤の積み重ねは、もはや科学と呼ぶに相応しいものではないか。
「科学ではないかな」
「科学ではないかぁ」
熱弁したが、やんわりと否定された。私の寝言と寝相には全く関係無いのですが、週刊少年ジャンプで連載中の科学マンガ「Dr.STONE.(ドクターストーン)」がめちゃくちゃアツくてキャラもカッコよくて超面白のでオススメです。
そんな我が家にとうとうAmazon Echoがやって来ることになった。本物のアレクサの登場である。「Amazon Echo買ったよ!」とはしゃいだ夫に言われ、私は「ふうん」と斜に構えた態度を取った。新参アレクサに対しての、古参アレクサとしての意地である。
お分かりだろうか。私には既に、アレクサとしての自覚が芽生えている。他人事みたいに言うが、催眠術にかかりやすいのってこういう奴なんだろうな。
「いつうちに来るの」
「来週くらいかな」
「そいつは何ができるの」
「電気消したりとか。慣れたら多分便利だよ」
「ふうん……何て呼べば良いの」
「?アレクサ?で大丈夫だよ」
根掘り葉掘り尋ねたら、興味津々だねえ、と笑われた。べっ別に!アンタのことなんて、全っ然興味無いんだからね!!
そういう訳であと数日後に新参アレクサがうちに来るので、古参アレクサとしてビシッと最初に一言言ってやるつもりです。そしたらまた日記書きます。
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筆頭は、一昨年結婚した夫である。彼は小さくてフワフワした小動物をこよなく愛しており、道端でトイプードルやチワワを見かけるとワントーン声が高くなる。好きな映画は「アナと雪の女王」。ここ数年の好物はチーズタッカルビとタピオカで、タピオカに関してはそのブームが去りゆく気配を心の底から本気で惜しんでいる。
並べ立てると彼のプロフィールは、まるで女子高生になってしまう。いや、タピオカは私も好きだし、ブームが去ったら寂しい気持ちも非常によく分かるのだが。個人的にとにかくモチモチした食べ物が好きなので、もしもタピオカの流行りが廃れるのならせめて、次もわらび餅やういろうなどのモチモチが一世を風靡して、世の中を一層モチモチさせてほしい。
そんな感じで夫は度を超えてキャピキャピしているが、私の実家の父親も桁外れにキャピキャピしている。最近だと、父の日に嵐のCDをねだられたのが記憶に新しい。その際は「限定版だからね!」と何度も念押しされたし、LINEの文章の後ろには目がハートの絵文字がついていた。
以前、実家へ遊びに帰る約束をしたときに、駅まで迎えに来てくれた父親が風邪を引いていたことがあった。それならそれで看病のつもりで来たのに、何故教えてくれなかったんだと尋ねたら、
「だって……具合いが悪いって言ったら、会いに来てくれないと思ったんだもん」
と、拗ねたように言われた。もじもじと口を尖らせる六十手前のおじさん(肉親)が発する妙にラブリーな空気に気圧されて、「いや、あなたは重ための彼女か?」の一言が、どうしても言えなかった。
だがしかしである。娘の卒業式に黄金のスーツを着てきたり、娘に何故か「タクミくんシリーズ」(※原作はBL小説)のDVDを買い与えたりといった、我が父が今までに為してきた数々の奇行を「キャピキャピ」などという言葉で括ってしまって良いのか? という点はかなり訝しい。
一言で言えば変人である。突拍子もなければ理由もよくわからない言動が多い。つい先日も、こんなことがあった。
「○○君(私の夫の名前)の写真を送ってくれないかな?」
突然、父親から私に送られてきたLINEである。この時点で何故そんなお願いをされるのかよくわからなかったし、長年一緒に居た親子の勘で、私はこの時点で既にバチバチに嫌な気配を感じ取っていた。
何のためにと疑いつつ、適当にその場に居合わせた夫の姿を、適当に写真に収めて送る。すると、「もっとカッコイイ写真が良い」と即座に返事がきた。
「○○君は笑顔のほうがカッコイイ。角度も斜めからのほうが良いと思う」
いや、知らんよ。
何で六十間近のオッサンから、三十代のオッサンの顔面についてのこだわりを事細かにリクエストされねばならないんだ。
モヤモヤした気持ちになりつつ、もう一度夫に写真をお願いする。送る。「眼鏡を外して」とまたもリテイクがくる。何やねん! 三度目のリテイクで、ようやく合格がもらえた。夫は不思議そうな顔で大人しく、七五三のように写真を撮られていた。
そして数日後、小さな段ボール箱が宅配便で我が家に届いた。送り主は父親で、宛名は夫になっていた。
夫は何も知らず、「ええっ、何だろ〜!?」と嬉しそうに、無邪気な様子で箱の開封に勤しんでいる。私はこのとき例の嫌な予感が最高潮に達していたが、何も出来ずに夫の手元を薄目で見守るのみだった。
ところで。
唐突に話は変わるが、皆さんは京極夏彦の「魍魎の匣」という小説をご存知でしょうか。ご存知でしょうかと投げ掛けるには余りにも有名な、ミステリ小説の金字塔とも言うべき傑作である。
ミステリであるのでネタバレは避けるが、四角い匣(はこ)とその隙間を埋めることに取り憑かれたとある男が、生きた少女の胸から上がぴったり入った匣を、帰省の列車の中で偶然同席した男に見せられ、すっかり魅了されてしまう……という筋の冒頭の文章が、非常に印象的で有名である。
これは「魍魎の匣」作中の登場人物が書いた小説、つまり作中作でもあるわけだが、現実にはそんな状態で生きているはずのない匣の中の娘が、「ほう」と鈴の鳴るような声で笑う描写など、初めて読んだときには本当にゾクゾクし、何だか凄い本を読み始めてしまったぞと中学生ながらに大興奮させられた。まず間違いなく、思春期に出会って人生を変えてくれた本のうちの一冊である。
そして話はまたも唐突に元に戻るが、我が家に届いた父親から夫への匣の中には、夫の顔がぴったりと収まっていた。
開けた瞬間、沈黙が我が家の居間を支配した。夫は匣の中に収まった自分の顔面を見て固まっていたし、私は件の「魍魎の匣」冒頭の文章が、(祖母が亡くなったので、急ぎ帰省した……)とド頭から自然に脳内再生されるのを止められないでいた。
「あ、ケーキだこれ」
私より少し早く冷静さを取り戻した夫が、その正体に気付く。なるほど。先日父親に頼まれて送った写真が、ホールケーキの上にプリントされているのだ。流行りの食べられるインクというやつで印刷されているのだろう。よく見ればロウソクや「HAPPY BIRTHDAY!」と書かれたチョコレートのプレートなどが同封されており、これは父親から夫へのバースデーケーキなのだとそこでようやく分かった。
「とりあえず……写真撮る?」
互いに怯みながら、ケーキ単品の写真を撮ったり同じ表情でケーキと並んで写ったり、割とはしゃぎつつ一通りの撮影を行った。そして一息ついてからどちらともなく、まあせっかくだし一切れ食べるか……という流れになった。
「……固っ」
ケーキの表面を覆う、写真が印刷されたチョコレートのような部分が意外と硬くて、しかも包丁の切れ味が鈍いのかなかなか上手く歯が立たない。「あれっ」「おかしいな?」「くそっ…!」などとブツブツ呟きながら、私は何度も夫の顔面(※ケーキ)に包丁を突き立てたり、刺したり抉ったりした。何度も、何度も。
「……。」
気付けば夫が怯えたような顔でこちらを見ている。いや、こっちもこの光景が傍目から見てヤバすぎることはわかってるんで、そんな顔しないでくれや。
何とか切り分けてケーキ本体にありつけたところで、ちょうど父からLINEが来た。「ケーキ届いた?」と聞かれたので、今ちょうど食べているところだと返す。
「奮発して美味しいやつにしたから、味わって食べてね!」
父の言葉通り、ケーキはやたらと美味しかった。なんか知らんがちょっとムカついた。
まあ、どうして夫の顔面が印刷されたケーキを本人に送ろうと思ったのかはよくわからないが、父なりにこの人を可愛がっているのは普段接していてとてもよくわかる。うちは子どもが二人とも娘だったので、息子が出来たようで可愛いのだろう。変人だが、基本的に悪い人ではないのだ。変人なので、すること為すことよくわからないことばかりだが。ええ、本当に、よくわからない人ではあるのだが。
「ところでさ」
口の中のケーキをゆっくり味わってから、夫がぽつりと呟く。
「俺、今日、誕生日でも何でもないんだけど。お父さん、何で誕生日ケーキ送ってきたんだろ?」
「そこなんですよね」
私は神妙に頷いた。そこばっかりはちょっと、よくわからないんですよね。ええ、あの、ごめんなさい。本当によくわからない人で。四半世紀は一緒にいるんですけど、娘の私にも全然わからないんですよ。迷宮入りっていうか。私にわかるのは「魍魎の匣」はめちゃくちゃ面白い小説で全人類読むべきってことだけなんで、あの、未読の方はぜひ読んでみてくださいね。オススメです。
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カットが始まるまでの待ち時間が長かったのもあって、途中から雑誌を読むのにも飽きてしまい、隣のお客さんと別の美容師さんの会話に聞き耳を立てるほうが楽しくなってしまった。出歯亀みたいですみません。
いや、だがしかし。会話の端々から聞こえるフレーズが何やら、こういう日記を書いている物好きからするとどうにも聞き捨てならないというか、
「素麺をね、奪い合うんですよ。島の中で。参加者はね、島民全員。そんで、奪った素麺を食ったら勝ちなんです」
とかいう、パッと聞いただけではよくわからない祭の話をしている。
いや、どんな奇祭だ???雑誌を広げたまま、何も聞いてない風を装いながら、私は興味津々で隣の席の会話に思いきり耳を傾けた。
「ええ〜、どんなお祭なんですか、それ」
「いや、ホント、そういうお祭があるらしいんですよ。どっかの島で。行ったことは無いですけど、流石に」
半信半疑に笑いながら相槌を打つのは客のほうで、謎の奇祭について語るのは美容師である。イッテQにでも紹介されたのかな、と思いながら、私は無言で二人の会話に耳をそばだて続ける。
「日本ですか?」
「日本です。え〜と、どこだったかな、確か九州だか沖縄のほうで……で、素麺を食ったら勝ちなんですよ」
「勝ちってどういうことですか?」
「えっ、何だったかな〜……いっぱい素麺食えたら勝ちなんじゃないすか?多分」
怪しい。美容師の話の雲行きが凄く怪しい。うろ覚えの匂いがプンプンする。でも何だか、実際にありそうな、けれど細部が微妙に間違っていそうな、実に際どいラインを彷徨いながら話が展開しているような気がひしひしとする。
「素麺、投げるんですよ。高いところから、素麺投げる役の人がいて。で、みんな踊ってて。素麺食べるときも、踊りながら食べなきゃいけないんですよ」
「めっちゃ食べにくくないですか?」
「多分ね。で、素麺、乾麺のまま投げられるから、家帰って茹でなきゃ食べられないんですけど、油断すると他の島民に素麺盗まれちゃうんです」
「やば」
「やばいっすよマジで。島って、家の玄関の鍵とか常に開けっ放しじゃないすか。あ、島ってか、俺の田舎がそうだったんですけど」
「私の田舎もですよ」
「ね。そんな感じなんすよ。で、その祭のときだけは、どの家も自由に出入りしてよくて、だから茹でた素麺放ったらかしとかにしといたら、入ってきたやつに食べられちゃうんですよね」
「やばいですね」
「警察とか居ないんじゃないすかね。島なんで。なんかとにかく、そんな感じで、やばいんすよ」
なるほど、それはやばいな。そう内心頷いていたところで、自分の担当の美容師さんからシャンプーに案内され、会話の続きに心を残しながら席を離れた。
※
美容院を出た後、少し遠くまで足を伸ばして、久々に妹に会った。前から行ってみたかったペルー料理屋に同行してもらって、互いの近況などを話しているうち、先ほど美容院で耳にした会話をふと思い出し、うろ覚えながら件の奇祭について話題にのぼらせたい気持ちがムクムクと頭をもたげてきた。
「さっき、美容院に行ってさ。隣の席のお客さんと美容師さんが、よくわからない祭の話をしてて」
「うん」
「えーと、素麺を投げ合う?祭なんだけど」
「うん???」
「あ、えっと、違ったかな。違うわ。素麺は投げ合わない。投げるんだけど、違うわ。食べるの。踊りながら」
「はあ?」
「でなんか、えーと、素麺は自由に盗んで良いんだって言ってた」
「どういうこと?」
この時点で妹は、マジの理解不能の目をしていた。
「え、ごめん、なんかわかんなくなってきちゃった。難しいな。どっかの島のお祭で、島民全員で参加するって言ってた」
「島民全員で素麺を盗んで踊りながら投げ合う祭?」
私たち二人の脳内で、どこかの島の空中全域を、島民たちの投げ合う盗品の素麺が銃弾のように飛び交う図が過った。地上では、島中の人間たちが素麺を手に踊り狂っている。
いや、違う。奇祭は奇祭でも、多分ここまでの奇祭じゃなかった。
「えーっ、なんか違うな……。素麺を島の人たち全員で投げ合うんじゃなくて、確か素麺は投げる役の人がいて……や、待って、なんかもっと情報の根本的なところが修正不能になってるんだよな……」
「素麺を何で盗むの?何でそれが祭になるの?」
「何だっけ……素麺を食べると強くなれるんだっけな……」
「食べたら強くなれそうな食べ物、絶対他にあったでしょ」
「確かに素麺弱そう」
「すぐ折れる」
「貧弱なやつだな」
修正はおろか、あまつさえ素麺のdisになってきた。
「盗んで良いの?てか盗むってどういうこと?そこまでして力が欲しいか?」
「強くなりてえやつしかいないのかな……その島……」
「週刊少年ジャンプの主人公しか住んでない島かよ」
「強くなりてえ……」
「チクショウ……強くなりてぇ……!」
脱線に脱線を重ねながら、次々と運ばれてくる料理を二人で頬張る。ペルー料理は世界五大料理の一つと言われるだけあって、どの皿も美味しかった。そして最後に、チチャ・モラーダ(トウモロコシの甘いジュース)を飲みながら、妹は呟いた。
「それにしても、世界って広いね。ペルーの変な祭で素麺がそんな使われ方してるなんて、思いも寄らなかった」
なるほど、物語というものはこうやって、伝播の過程で変質するのだなと私はこの時しみじみと得心した。
最後は特に訂正も何もしなかったので、今頃はきっと妹の口伝で、踊り狂いながら素麺を投げ合うペルーの奇祭が誰かの心の中に爆誕している。
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絶対絶命である。連続殺人の幕開けだ。
生きて帰るのは二人ともすぐに諦めた。問題は、何番目の犠牲者となるかだ。君、真っ先に死にそうやんけと私は夫に言った。絶対、「こんなところにはいられない!」とか言って一人で部屋に引きこもって、翌朝死体で発見される。密室殺人の犠牲者だ。
「そういう奴は真っ先に死なない。二番目か三番目。真っ先に死ぬのは、旅館の女将さんに酔っ払いながらセクハラしてたのを金田一に咎められて、怒りながらうっかり十五年前に旅館で起きた事件について口走っちゃったオッサン」
「ああ〜」
めちゃくちゃ心の底からの「ああ〜」が出た。もはや何だか、さとうふみや絵のセクハラオッサンが赤ら顔で鼻の下を伸ばした姿すら克明に思い浮かぶ。決まりだ。こいつが第一の犠牲者だ。
「俺は三番目くらいの犠牲者で、旅行用のカメラで旅館の中の写真を撮ってるうちに、トリックの手掛かりになるようなものを撮影しちゃってそのせいで殺されちゃう役」
「なるほど……」
ならば、私は夫が遺したダイイングメッセージを必死で解いているうちに犯人へのヒントに気付いてしまい、そのせいで殺される役が良い。なかなか良い配役だと思ったのだが、夫は自信なさそうに首を横に振った。
「え、絶対むり……俺絶対そんなとっさにダイイングメッセージとか思いつかないし……」
「何でよ!ダイイングメッセージ解かせてよ!何のために普段あんなにゲームやってるの!あんなに時間かけてダンガンロンパV3をクリアしたのはこのときのためじゃなかったの!?」
このためではないと思う。そう言われたので、せやなと素直に頷いた。
このブログの記事を毎回読んでくださっている方はお気付きのことと思うが、我々は二人で会話していると無限に脱線していく傾向がある。もともと何を話していたかすら忘れて本題に戻って来れないときもあり、大いによろしくない。
最近、二人で京都に行ったときも脱線が酷かった。夫には私の仕事に付き合ってもらった形なのだが、せっかくなら観光もしたい、と京都に向かう途中でガイドブックを買うことになった。
最近は本当に便利だ。本屋に寄れなくても、電子書籍ですぐに本が買える。Kindleのストアを検索すると、とある女性誌のバックナンバーが夏の京都の飲食店を特集しているのを見つけた。しかも表紙が嵐の松潤だ。これは買いだろう。
「お! これにしよう、表紙が松潤だし」
「え、何で? 雑誌よりガイドブックのが良くない? それなら飲食店以外も載ってるし」
「えっ、でもこれ、表紙が松潤だよ?」
「えっ」
「えっ……?」
そのとき、私はようやく気がついた。夫は私と違って、別にそこまで松潤のことが好きではないことに。
というか、私はこのときこの瞬間まで、地球上の全人類は老いも若いも男も女も、すべからく松潤のことを好いているものだと思い込んで生きていた。だから、夫の松潤に対するうっすーい反応が衝撃的過ぎた。その思いを新幹線の中で全てぶつけた。だって松潤だぜ!?
「絶対良い奴だぜ!? 会社に遅刻しそうなときでも横断歩道でおばあちゃんの背負ってる重い荷物とか運んでくれるぜ!?」
「会社……?」
「ホントに良い奴なんだって! 絶対! 君が高校生のとき、学校で誰も話せる人がいなくて机でラノベばっか読んでたけど、同じクラスの松潤だけは二人きりのとき気さくに話しかけてきてくれたじゃん!?」
「学校……?」
熱弁する私に、夫は戸惑いながらも静かに首を横に振った。
「でも……俺、松潤とは多分仲良くなれないよ……あいつ、話合わせてくれようとしてるのはわかるんだけどさ。『漫画好きなの? 俺もアニメとか見るよ!ジブリとかワンピースとか!』って言ってきたんだもん……マジで無理……」
いや君、昔からワンピース大好きやんけ。ジブリも金曜ロードショウでやるときめっちゃ楽しみに見とるやんけ。
そう突っ込もうとして、ハッと気が付いた。こいつ、なりきってやがる。根明でコミュ力高い人気者のイケメン同級生についていけなくて会話を拒否してしまう、友達のいない根暗オタクの高校生に完全になりきってやがる。
アラサー男性の役作りの的確さに慄くあまり、私は思わず名作『ガラスの仮面』を想起していた。このときの私はほぼほぼ、素人であるはずの北島マヤにまばゆいばかりの演技の才能を見出し、恐怖する姫川亜弓だった。
私は混乱した。紅天女候補を目指せば良いのか、松潤としてクラスメートと会話を楽しめば良いのか、完全にわからなくなっていた。しかし隣の北島マヤ(※アラサー男性)には一切の邪念無く、ただひたすらに根暗オタク高校生になりきってやろう、そういう真摯な凄みが感じられた。
負けられない。そう決意した。新幹線の中で我々二人の席にだけ、異様な緊張感が張り詰めていた。なお、この時点で京都の観光のことは、二人の頭から完全に抜け落ちていた。
※
そのあと普通に昼寝して、起きたらもう京都駅に着く三十分前だった。
京都で何をするかは白紙のままだった。「やべっ」と慌てて松潤が表紙の女性誌をKindleで買って、急ぎ熟読する。ランチがおすすめというカレーうどんの店が美味しそうだったので、とりあえずそこに行ってみることにした。(注 : 松潤おすすめのお店というわけではない)
混んでいたが、二十分ほど待って入れた。色々メニューがあるようだったが、それぞれ、オーソドックスなカレーうどんとカレーつけうどんを頼んだ。
これが両方とも、素晴らしく美味しかった。麺は胚芽入りでモチモチしている。鰹と豆乳、好きなほうの出汁を選べるキーマカレーが美味しい。セットで出てくる、西京みそ漬けの卵黄をのせた麦ご飯はそれ単品でも美味しいが、残ったカレーをかけるともうたまらない味となる。
我々は膨れた腹をさすりながら、口々に松潤を褒め称えた。
「さすが、松潤おすすめのお店(注 : 松潤おすすめのお店ではない)」
「なんか悪いことしちゃったな。こんな美味しいお店教えてくれるんなら、もっと話に乗ってやれば良かった」
「今度は自分から話しかけなよ」
「うん、そうする。ワンピースの映画誘うわ。二人で見に行く」
松潤はやっぱり良い奴だった。そう結論して満足する我々の脳裏で、「今度はこの店三人で来ようぜ!」と気さくに笑いかける、イマジナリー松潤の白い歯が輝いた。
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Q.アンダーバーとダブルクォーテーションの能力を教えてください!
A.思いつかないんですよね……。
アンダーバーはなんか、何かと何かを繋ぎ合わせて別の力を生み出す能力、とか考えたんですけど、熱血系のキャラの戦い方にしては地味かな〜ってところが気になって、自分的にはイマイチなんですよ。
ダブルクォーテーションはマジで思いつかないっす。なんか良いのあったら教えてください。カッコいいのおねしゃす。
Q.最近見た雲の中で一番おいしそうだったもの
A.雲!?普段あんま見ないかもしれない!
慌てて美味しそうな雲を探して空を見たら、ひらがなの「く」みたいな形の細長い雲があったのがなんか面白くてムフフフフって一人で笑ってました。平和で良いですね。
Q.ニワトリ愛
A.思いつく限り挙げてみた。
・美味い
・安い
・可愛い
・高級なやつとスーパーで売ってる安いやつの味の差がそんなにわからんのでお得感がある(※貧乏舌の意見)
・「食いてえ〜!」って思ったとき、コンビニに入ればすぐ摂取できる。ホットスナックのからあげとかで。
・美味い
・とにかく美味い
・美味いんだよな……。
愛っつうか……欲しか無いかもしれないな……。
Q.プリキュアと戦う悪の幹部のほうになりたい38才男児なのですが、40才になるまでに夢を実現するにはまず何をするべきでしょうか。
A.ねえ、この質問だけなんか濃くない???
悪の幹部になる方法……わからねえ……ごめん……。私とあなたがすごく良い友達になれそうとか、そういうことしか私にはわからねえ……。
あと自分、腐ってもプリキュアなんで……。悪の道に走ろうとしてる人が目の前にいるのに、放ってなんておけないよ。
この世界には、悲しいこともいっぱいある。だけど、希望を捨てないで。そうすればいつか、輝く未来がやってくるはずだから!!
(突如、虹色に輝き出すキュア八海山)
(キュア八海山から溢れ出た光が、38歳男児を優しく包む。するとどこからか、変身バンクの音楽が流れだす)
(音楽が収まった後、そこにはきらきらと紅潮した顔で呆然と、「私が……プリキュアに……?」と呟く、衣装に身を包んですっかりプリキュアへとみちがえた、38歳男児の姿があった……。)
………。
地獄か???
※
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そんな話を夫にしたら、「ダサくない?」と一言で斬って捨てられた。いささかムッとした。じゃあ、どんな記号がカッコいいのか言ってみろってんですよ!啖呵を切ると、夫は少し思案してから、ぽつりと呟いた。
「ダブルクォーテーション」
思わず口に手を当て仰け反りながら、ッヒィ〜〜〜!!!と情けない悲鳴をあげてしまった。カッコいい。これは確かにカッコいい。負けた、と思った。今までカッコいいと思っていたアンダーバーが、ダブルクォーテーションに比べると世代一つ分くらいはダサく見える。オモチャ売り場で子供たちが群がり、品薄状態のダブルクォーテーションの隣で、半額セールの在庫が山積みとなった寂しいアンダーバーの姿が瞬時に脳裏をよぎった。
アスタリスクもカッコいい、と夫は続ける。だがしかし、この意見には少しばかり反発させてもらった。アスタリスクは逆にあまりにカッコ良すぎると言うか、アスタリスクがカッコいいことは既に万人の知るところである。目新しさに欠ける。そう指摘すると、「能力による」と夫はさらに反論した。
「アスタリスクは……その魂に星の力を宿せし者の能力……。だからなんか……すごい強い星の力とかが……使える!!」
魂に宿りし星の力。こんなカッコいい響きに心ときめかない小学生がいるだろうか。目新しさに欠けようがなんだろうが、やはりカッコいいものはカッコいいのだ。いや、小学生ではなく、もうアラサーなんですけども。
パソコンのキーで言ったら、デリートもカッコいい、とさらに夫は続ける。私は思わずもう一度口元を押さえた。デリートの能力をその身に宿せし者の悲劇的な運命に、一瞬で思いを馳せたからである。
彼はこの世の万物全てを指先一つで消去、“デリート”してしまう、最強の能力者である。絶対、「俺には感情が無い……この能力(ちから)で、自分の心も“デリート”したんだ」とか言う。間違いなく敵キャラだ。能力を駆使し、冷徹な殺戮を繰り返す彼には、アンダーバーとダブルクォーテーションのバディも随分と苦しめられた。
しかし戦いの中で、デリートに変化が訪れる。彼には昔、恋人がいた。しかし彼は自分の能力を制御できなかったことで、その恋人をも“デリート”してしまう。デリートが感情を失ったのはその一件からだった。つまり彼は、自分の心を“デリート”してしまったわけではなく、事件のショックから心を閉ざしていただけだったのだ。
そのことに気づいたデリートが選んだのは、戦いを止め、今度は正真正銘、自分自身を“デリート”することだった。ボロボロの体で必死に制止するアンダーバーに、無表情だったデリートは初めて微笑みを浮かべて見せた。
「あいつと同じところに行かせてくれ……」
その表情はとても穏やかだった。それでもなお彼を止めようと、力を振り絞って手を伸ばすアンダーバーを、今度はダブルクォーテーションが必死に押し留める。わずかに届かなかったアンダーバーの指先で、デリートの姿はフッと掻き消えた。
※
後日、とある都内の霊園に訪れたアンダーバーは、その片隅で意外な人物を見つけた。
「……ダブルクォーテーション」
ぽつりとその名を呟く。ダブルクォーテーションは振り向き、「あなたが来るとは思いませんでした」と淡々と呟いた。
「……こっちのセリフだ、それは」
不貞腐れた返事をしてしまった気まずさを誤魔化しながら、アンダーバーはダブルクォーテーションの隣に並び、一緒にしゃがんで手を合わせた。
墓石に刻まれた名前の内には、デリートの名も並んでいる。
「……消えちまったからな、あいつ。居ないところで拝まれても、何とも思わねえかもしれないが」
「良いんじゃないですか?こういうのは、残った側が気持ちの整理のためにやるようなものですから」
残った側。それは即ち、自分たちのことか。そう考えると確かに、この霊園に自然と足が向いてしまったのも、デリートのためというよりは自分のためであるような気がする。
ちらり、とアンダーバーは、隣で目を閉じるダブルクォーテーションの端正な横顔を盗み見る。つまりこいつもまだ、気持ちの整理が付いてないってことなのか。
デリートを助けてやれなかった。その悔しさをつい、ダブルクォーテーションに八つ当たりでぶつけてしまった。どうしてあのとき、俺を止めたんだ!デリートが消えた後、ついさっきまで彼が立っていた地面を殴りながら、そう言って悔し涙を流すアンダーバーから、ダブルクォーテーションはただ黙って目をそらすだった。それから喧嘩別れみたいになって、ダブルクォーテーションとは暫く顔を合わせていない。
普段から、ダブルクォーテーションとは喧嘩ばかりだった。成り行きでバディを組むことになったものの、互いに不満たらたらだった。一回りも世代が違えば、性格も違い過ぎた。年上で情に脆く、熱血漢のアンダーバーをダブルクォーテーションは鬱陶しがったし、年下で妙に冷めたところのあるダブルクォーテーションの生意気さを、アンダーバーは「ヒーローには向かない」と頑として認めなかった。
二人の言い合いはいつも激しかった。アンダーバーはダブルクォーテーションに対して、「お前には血が通ってない」なんて、それこそ冷たい物言いをすることさえあった。でも、だからこそあの日……デリートが消えたあのときには、ダブルクォーテーションに対して突っかかるような真似をしてはいけなかった。いつもならすぐに皮肉な憎まれ口で言い返してくるダブルクォーテーションが、じっと口を噤んだままだった。そこでようやく、この若者も自分を責めているのだと、鈍感なアンダーバーは自分の大人げなさに気付いたのだった。
「……悪かったよ、あのとき」
言いあぐねて曖昧な表現になったが、同じことに思いを馳せていたのだろうダブルクォーテーションには、それで通じた。ダブルクォーテーションは眼鏡の縁を指で軽く押し上げながら、「こっちこそ」と口を開いた。
「すみませんでした。あのとき僕があなたを止めていなかったら、もしかしたら、デリートは助かって……」
「いや、謝らないでくれ。あのときはお前が正しかった。もしお前が止めてくれなかったら、あいつの能力に巻き込まれて俺も“デリート”されていただろう。今頃は俺も墓の下だ。だから……ありがとうな、ダブルクォーテーション」
照れ隠しに、帽子を目深に被りなおしながら頭を下げる。もっと早く、自分から謝るべきだった。アンダーバーはもう一度、自分の大人げなさを恥じた。大人げない、なんて、ダブルクォーテーションにいつも喧嘩のたびに言われていたはずなのに。今さらのように身に沁みた。
「今度からは、冷静になるよ。お前みたいに」
「いえ……そんな必要は、無いんじゃないですか」
「?」
「あなたの、良いところだと思いますから。その、熱血で、情に厚くて、向こう見ずなところ。まあ、鬱陶しいときも多いですけど……」
「余計なお世話だ」
思わずいつものようにムッとする。ダブルクォーテーションは、至極真面目な顔で続けた。
「でも、心を失くすのは怖いことだって、彼が……デリートが教えてくれましたから。僕の隣には、あなたみたいな人が居てくれると、きっとちょうど良いんです」
アンダーバーはきょとんと目を丸くした後、ダブルクォーテーションに向かってニッと笑ってみせた。ちょうど同じことを考えていた。もしかしたら自分たちは、良い相棒になれるのかもな、と。
ダブルクォーテーションも、珍しく唇に笑みを浮かべていた。「行くか」「ええ」声を掛け合って立ち上がる。次なる強敵が、自分たちヒーローを待っている。
二人が背を向けて後にした墓石。細く二本の線香の煙が立ち昇るその向こうには、デリートの名の隣に並んで、かつての彼の恋人の名も刻まれていた……。
※
あの。
合ってます?こんなんで。
見たことないけどこんな感じの話かなって、何となく勝手に思ってるんですけど。タイガー&バニー。
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自分ではない。この家は私と夫の二人暮らしである。となれば、犯人は一人しか居ないではないか。
あの人、トイレでスナック菓子食ったの?マジ?
「便所飯」という言葉がある。友人の居ない、もしくは一人が好きな学生が、人目を避けてトイレの個室にこもり弁当を食べる行為を指す。
故に「便所飯」という言葉には何となく物悲しさが漂うが、対して「便所サッポロポテト」はどうだ。もはや欠片の悲壮感も無い。本来ならば孤独をかこつはずのトイレで飯を食うという行為で、あえてサッポロポテトを食らう。別にリビングで談笑しながら、くつろぎながら食べて良いはずのサッポロポテトを、あえて孤独にトイレで食す。その行為には、もはや堂々とした威厳すら漂うではないか。孤独を恐れずむしろ味わい尽くす、王者の風格だ。
いや、やっぱただ単に不衛生だから止めてくれや。
そんなことを思いながら、でも心のどこかでは、流石にトイレでサッポロポテトを食べたわけではないだろうと思っていた。トイレの床に袋が転がっていたのは、何か他に理由があるのだろう。ゴミをまとめようとして、トイレにまでゴミを持ってきちゃったとか、何かそんな感じで。だってトイレでサッポロポテトを食べるとか、流石に意味わかんないし。
聞いてみた。ものすごく自然にあっさりと、「うん、食べたよ」と頷かれた。
何て???
こちらの目が点になる。食べたの?マジで?もう一度問うと、夫はまたもごくごくあっさりも、「うん、食べたよ」と全く同じように頷いた。
「食べ……え?マジで?トイレでサッポロポテト食べたの?ほんとに?え?」
「うん、食べたよ。俺、トイレでサッポロポテトを食べたよ」
私は混乱した。想定していた答えと、相手の反応がまるで違う。
正直言って、夫が本当にトイレでサッポロポテトを食べたとは思いもしていなかった。必ず、他の理由があるのだと思っていた。
だから、私に勘違いをされて慌てふためいて、「違うよ〜!」などと必死に言い訳をする夫を、からかって遊んでやろう。そういう腹づもりだったのだ。ただただ単に、新しいおもちゃを見つけた子どものような、そういう気持ちだったのだ。
「うん、食べたよ」
だが夫はもう一度、至って普通の顔で、平然と頷きながらレコーダーのように先ほどと同じ言葉を繰り返した。いや、この人サイコパスか?
や、でも。私は立ち止まって考え直す。もしかして、夫にとってはそれが普通なのか。普通と言わずとも何か、それまで過ごして来た地方の習わしというか、「五月の上旬にトイレでサッポロポテトを食べると一年間健康に過ごせる」とか、そういう独自の風習がある地域で暮らしてきた可能性もある。あるか?マジで?いや、わからないけど、無いではない。無いではないなら、あるではないか!
「何で、トイレでサッポロポテトを食べたの?」
ほとんど文化人類学者のような気持ちで、私は夫に問いかける。夫はぼんやりと首を傾げながら、訥々と答えた。
「んー、なんか、トイレでサッポロポテトを食べたことって、今まで無いなあ……ってふと思って」
「そりゃあ無いと思うよ」
思わず声に出た。夫は事も無げに頷く。
「うん、だから、食べてみようかなって思って」
「???」
「食べながらトイレに入って、便座に腰掛けたまま、食べ終わったんだけど。そしたら、袋だけ忘れて置いてきちゃったみたい。ごめんね」
「??????」
夫はバツが悪そうに、少しだけしょんぼりしている。後片付けをちゃんとしなかったのを今になって気にしているらしいが、あいにくこちらはそんなこと気にもならないくらい、頭の中が疑問符でいっぱいだった。
やべえ、家族が何言ってるのか全然わかんねえ。
こちらの混乱にはお構いなしに、夫はもうこの話題は終わったとばかりにのんびりとコーヒー牛乳を飲んでいた。誤解されるといけないから一応、強調して伝えておきたいのだが、普段の夫は非常に良識的な人である。マイペースでいやにキャピキャピしたところはあるものの、話の受け答えもしっかりしている。むしろ一般的に言うと非常識な性格をしているのは私のほうで、一緒に暮らしていると本当に助けられることばかりだ。
それなのに、今のこの状況は何だ。何故こんなにも会話が成り立たない。サッポロポテトか。サッポロポテトのせいなのか。あの美味しさが、魔性のようにこの人を駆り立て、奇行に走らせたのか。
「いやあ、でも」
サッポロポテトの知られざる魔力におののき、打ち震えることしかできない私に、夫はのんびりと笑ってこう言った。
「トイレでサッポロポテトを食べるのって、なんか汚いねえ。もう二度としないと思うよ」
「当たり前だわ」
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もともと洒落っ気が薄いせいもあるが、今は通勤が私服のせいもある。ユニクロ以外で服を買おうと思っても、通勤にも使える服…と思って探すと、いつのまにか自然とユニクロに行き着いてしまうのだ。
とにかくユニクロに通い詰めているので、オシャレには疎くともユニクロには目敏い。メロスには流行がわからぬ。けれどもユニクロの新商品に対しては、人一倍に敏感であった。
あるとき職場で女性の上司が、ユニクロのパンツを着ていた。そのときたまたま、メロスも同じパンツを履いていた。もちろんすぐに気が付いた。あっ、あの人が履いているの、ユニクロのイージーケアストレッチクロップドパンツだ!
服の被りに気付いても、メロスは激怒しなかった。ユニクロのヘビーユーザーにはありがちなことだからである。メロスはむしろ歓喜した。お揃いですねウフフ、と声には出さずにこやかな視線を送って、割と大事めの打ち合わせ中だったので何ニヤニヤしてんだと小突かれた。
かようにユニクロで発生する不意の双子コーデには慣れたものであるが、ついこの間、とある飲食店に行ったときには少々ヒヤリとする目に遭った。
そのレストランでは女性のウエイターさんたちが、5人くらいで忙しそうにホールを回していた。そしてどうもそれが制服の代わりらしく、全員後ろで髪を一つにまとめて、ユニクロのストライプのワイシャツとユニクロの黒いパンツを身につけていたのだ。
偶然にも私はそのとき、髪を後ろで一つにまとめてユニクロのストライプのワイシャツとユニクロの黒のパンツを身につけていた。店員さんたちと全く同じ格好である。いや、こんな偶然ある???
咄嗟に危ぶんだのは、他のお客さんに店員と勘違いされることである。折悪しくランチタイムで、店内はかなり混んでいた。しかもランチセットにはドリンクバーが無料で付いており、デトックスウォーターとかフレッシュフルーツジュースとか初めて見るハーブティーとか、種々の小洒落たドリンクが様々に用意されていた。
絶対全部飲みてえ。メロスは、必ずこのドリンクバーを全制覇せねばならぬと決意した。
そういうわけで、店員と全く同じ格好をしているにも関わらず全く店員ではない謎の女が、テーブルとドリンクバーを何度も往復して店内をウロウロウロウロ歩き回るはめになった。これはかなりの混乱を誘った。都合4回は声を掛けられただろう。
想像してみてほしい。ドリンクバーで「コーヒー切れてるんでけど…」と声を掛けた店員が、「はあい」と返事してから普通に客席に戻って行って、やおらに飲み食いをし始める様子を。私だったら、ドッキリを疑う。
……何で「コーヒーくれ」に「はあい」つっちゃったのか自分でもよくわかんないんですけど、なんか何故かびっくりしちゃったっていうか……妙に照れちゃって……そしたら急にコミュ障になっちゃったみたいな……だから悪気はなくて……ごめんあのときのお客さん……。
メロスは、ひどく赤面した。
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